床とシネマの日々

昭和の床と映画館をいったりきたり

常滑陶芸研究所 〜アフター東窯工業〜

前の東窯工業見学からずいぶん間があいてしまった…。

 

見学後、東窯工業の方になんと常滑おすすめスポットを案内していただいた。
どこも素晴らしかったのだけれど白眉は「常滑陶芸研究所」。
どうして今までここに来なかった……。
何度か常滑を訪れて主要スポットは見たような気になっていた己をぶん殴りたくなった素晴らしい施設であった。

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この面構え

 

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写真が下手くそでわからないけれど、紫タイルで綺麗なグラデーションが

 

建物は分離派建築会のメンバー堀口捨己氏の設計で、堀口氏は紫がお好きだったのだそう。(研究所の方談)
氏が手がけられた明治大学校舎も紫が使われているとおっしゃっていた覚えなのだけれど、検索して出てきた画像ではよくわからず…。
見に行きたいものだなあ。
昨年見た「分離派建築会100年展」を研究所の方もご覧になったそうで嬉しそうに話されていた。

 

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紫のガラスブロック。黄色いドアハンドル(これもドアハンドルでいいのかな?)
このドアハンドルが館内でとんでもない祭に。

 

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なんというモダンさよ…。

 

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この佇まい…ため息。写真だと出てないけれど渋いゴールド感があったはず…。

 

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トドメの一撃。

つーばさをひーろげて♩と思わず知念里奈さんのWingを歌を口ずむ。

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ここでも紫タイルのグラデが。シビれる。

 

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こちはらまた別の場所の壁

 

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1階には茶室も

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会議室として使われれいる2階にも茶室。
ロフトのような2階のモダンな椅子とテーブルも堀口氏のデザインとおっしゃていたかと。

 

どうやら展示室も撮影可だったみたいなのだけれど不可だと思い込んで。
展示室も展示も素敵でした。
またうかがいたい…!!
案内してくださった東窯工業の方も、色々説明してくださった研究所の方も本当になりがとうございます。

 

でもまだ常滑エピソードは続くのです…
来年になっちゃったらどうしよう(涙)

 

そこはテーマパークだった 東窯工業2

事務所だけで結構な時間をとったにも関わらず

なんと敷地をぐるっと案内していただけることに。

なんという僥倖か。

 

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事務所から奥へ

 

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「昭和ガラスお好きでしょう」と東窯工業の方に。バレバレである

便器は、たしか東岡崎駅の岡ビル3Fのものが同じではないかと…。

この形はもうそんなに残ってなくて希少な便器だという話を聞いたことが。

 

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窯まで見せていただいてしまった。窯見たの初めてだったかも…!

常滑は大昔、鉄道用土管を作っていたとか。東窯さんも作られていたとおっしゃっていたかと…。

創業180年近くだったはず。

メモを取れば良かったと今も慚愧の念に堪えない。

 

帝国ホテルのスクラッチタイルを常滑で製造していたという話から

『黄色い煉瓦』というドラマの話なども。

(たしかこのドラマにもロケ地として登場されたとおっしゃっていたかな…)

東窯さんもその頃タイルを手がけるようになられたと。

 

ドラマはまさに建築家フランク・ロイド・ライトが帝国ホテルのために

黄色い煉瓦を作れる人を求め、常滑の職人が…という内容で

なんと!帝国ホテルの煉瓦を常滑の職人さんが…!と大興奮しながら私も見た。

その後テラコッタなども手がけ、最終的に砥石の製造に特化したことが功を奏し

今まで続けてこられた、というようなお話を…。

 

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建物の内部がいちいち格好いい。

右:この場所は以前は職人さん達が椅子やテーブルなど置いて

お昼を食べたりしていたとおっしゃっていたかと…。

 

 

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弁柄の色は染み付いて落ちないんですよ、触らないように気をつけて〜と

ずっとお気遣いいただき。

弁柄はテラコッタの時のものだろうか。

なんというかほんのりうす紅色に発光しているようで、

なんともいえない空間に魅了されてしまった。

私に写真の腕があれば(涙

 

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中央:別の棟から繋がってるとおっしゃってたかな…。

右:この機械も説明していただいたと思うのだけど…。

 

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左:もう一つの窯。こちらは最後まで現役だったとおっしゃっていたかな…。

右:プレス機だったはず。工程を説明していただいたのに全く覚えていない…。

 

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左:これも使い方の説明をしていただいたのだけれどうろ覚え…

右:タイムカードもかわいい

 

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敷地内に美しい藤まで

 

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ともかく、敷地内そのままジブリパークになればいいのに…!という

懐かしさとワンダーに満ち溢れた場所だった。

なんとお土産に砥石までいただいてしまった…!

大事にします。

 

どこかに譲り受けられたり、保存されたり

広大なので全部は難しいかもしれないけれど、残ることを願っています。

東窯工業さんも探しておられたようです。

 

うろ覚えすぎるので、どなたかきちんと取材されて

記録も残るといいな…。

そこはテーマパークだった 東窯工業1

怒涛の2021年。

気がつけば1年の半分近くまできてしまった。

UFOアブダクションに遭い記憶が消えているということにしたい。

 

しばらく前、数年越しの夢のひとつが叶った。

 

今年こそ!と思っていたところにコロナ禍に見舞われ、

そうこうしているうちに閉業されてしまうらしいという話をみかけ。

いや、ひとめだけでも…もうあんな場所日本中探しても……

 

夢見ていた場所、それは常滑にある東窯工業さんでした。

 

いったいどうやってアポイントを取れば…と考えた末、手紙を出すことに。

仕事場にいきなり電話はご迷惑だろうし、

見知らぬ人間からの封書は怖いかも。

もしもお返事いただけるならばご都合よい手段で…という気持ちで

一応アドレスと電話番号を添えて、往復葉書に賭けてみた。

すでに閉業されていて、そもそも届かない可能性も頭をよぎったけれど

届かなければそれまでよ…!

 

かくして返事がきて、何度かやり取りの上快諾いただき、

ついに訪問叶った。

東窯工業さんには本当に本当に感謝の念に堪えません。

 

中に足を踏み入れると、そこは予想だにしない広い広い敷地を有し、

リアルジブリの世界では…!という素晴らしい建物や窯やタイルや床が息づいていた。

 

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入り口の塀からしてときめきを禁じ得ない。

 

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映画『20世紀少年 最終章』のロケ地にもなったそう。

20世紀少年』は江南の商店街でもロケされていた話を

以前床探しに行った際聞いたことが。

愛知は結構ロケ参加している作品みたい。観なければ。

 

なんと素敵な木造事務所だろう。

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ついにマイスイート床とご対面。万感の思いを乗せて汽笛がなる。

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曼荼羅である。

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壁も凄い。スクラッチタイルや泰山タイル風のものなどなど

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こちらは事務所でもあり、ショールームでもあったということですよね。

靴を変えたり、ぐるぐるぐるぐる何枚も撮ったりする間

穏やかに応対してくださりながら待ってくださって

東窯工業さんには足を向けて寝られません。

 

東窯工業さんは、何らかの形で建物などが残る可能性を探ってらっしゃいます。

広大なので、全部は無理かもしれないけれど

残って欲しいと私も切に願います。

 

 

 

 

 

 

 

2020年3大ニュース ゆく床くる床

久しぶりすぎてブログのアップ手順を忘れています。

 

2020年のお正月に『マツコの知らない世界』準備のために

ヒーー!大変DEATH!!などとやっていたのは夢だったかも…と思えるくらい

サバイバルな1年であったことよ。

わたしらほんと頑張った!!と道ゆく人皆とハイタッチして讃えあいたい。

まだまだ続くけれどもな…!

 

2020年は12年に1度のいい年(星座だったかなんだったか)だよと

何人かに言われて、いやいや不運で有名な私が?と話半分だったけれど

当たっていたのかもしれない…。

片隅で生きてるしがないデザイナーの私が、1年のうちに『マツコの知らない世界』と

『リミックスZ』(山田五郎&中川翔子さんのラジオ番組)に出る機会に恵まれるなんて、運があったとしか。

本当に貴重な体験となりました。 

 

マツコの知らない世界』は観ている時は何の気なしに楽しんでいたけれど、

なんで出ようと思った?ああ?こんの大バカ野郎ーー!!と

ギャラクティカマグナムで己を吹っ飛ばしたいくらい大変でした…。

毎週登場されるゲストの方々は本当にすごいです。剛の者です。

 

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番組に登場した宮城県の高友旅館さんの床オールスター。

番組で映ったのは左上だったかな。

湯も建物も極上、床もこんなにある床桃源郷ですよ。

大正14年創業、昭和52年に改修されたそうで、おばあさま(先先代)が

おそらく内装を決めたのではと。

建物はちょっと迷路みがあって、なんちゃってミステリー好きとしてもワクワク。

旅館の方には本当にお世話になりました。また行きたい!!

www.takatomo.co.jp

 

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番組には登場しなかったけれど、床を求めて彷徨ってる中発見した宮城県の写真館。

素晴らしい。右上のチェックに小さな蕾が散ってるタイルなんて可憐すぎだろう。

私の心にメガヒット。建物も素敵で、創業80年くらいだそう。

 

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番組に登場した3床

左)仙台の「おはきものはやしや」さんの床。

はきもの以外にも3代目ご主人のセンスが光るかわいい小物がいっぱい。

こちらはなんと『ブラタモリ』でタモリさんも訪問を。

創業80年で、昭和53年か54年に改装。その時からの床で、ご主人が小学生の頃

お父さまが内装を決めたそう。照明もさりげなく凝った作りで仙台のセンスが…!

少なくなってしまったけれど、ここの商店街は100年近く続く老舗が並んでいいたとか。

中)板橋のクリーニング屋さん。創業48年くらいでこの床は約40年もの。

お店の方が青が好きでこれを選ばれたと。青い床はなかなか無いのです。貴重!

右)板橋区の大山ハッピーロードにある「カジュアルフロンティアしなのや」さん。

創業50年くらいで床は40年越えものだそう。

ハッピーロードの情報を発信したりオリジナルグッズを作ったりと、

商店街のアンテナショップ的なお店。

 

収録はお弁当が出たのですがミート矢澤で、

なんだかんだでテレビはお金あるんだな〜と感動していたら

「新年一発目だから豪華なんですよ。いつもじゃないです。当たりですね!」と

アシスタントさん。お弁当も運のある年だったからだな。

もちろん完食しました!!だってミート矢澤!緊張して尻汗が凄かったけれど!!

 

マツコさんが建物好きでらしたことに救われました。

仲間意識で安心したというか。

(仲間に引き込まないで〜と言われてましたが笑)

さすがお詳しくて、建築家の前川國男の名前とかサラっと出してこられて

なんだか嬉しくなってしまって。

けんもほろろになっちゃったらどうしよう…と緊張して尻汗が凄かったけれど!!

 

 

『リミックスZ』は、共著で参加した「足の下のステキな床」を読んでくださっての

依頼で、数分コメントする感じかな、少しでも本の宣伝になるなら〜と

深く考えずに引き受けた私は浅はかでした。

まさかの30分番組前編後編で2週にわたっての出演だったのです…。

ZOOMに不慣れだわ話は上手くないわで今でも穴があったら入りてえ。

やっぱりお二人とも古いものに詳しく、とくに山田五郎さんの博識ぶりを

目の当たりにできるなんて…!子どもの頃から憧れの方だったから…!

 

 

と浮世離れした体験もありましたが、

私は本業はデザイナーなので、東ドイツソビエト雑貨販売や

社会主義時代の食堂メニュー再現の活動をされているイスクラさん

iskra.ocnk.net

の著書『ノスタルジア食堂』のデザイン担当できたことが

なんといっても嬉しかったです。

イスクラさんも以前からファンでよくサイトを拝見していたので

依頼いただいた時はイエス!イエス!イエーース!!と

拳を引きながら叫びました。脳内で。

 

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レシピ以外にテーブルまわりのコーディネートや現地食堂の情報など

楽しい本です。デザイン頑張りました。

honto.jp

振り返ってみると、マツコさんも山田五郎さんもイスクラさんも

ファンだったり憧れだったりした方達と縁があった年でした。

コロナで大変だったけれど、こんな恵まれる年はもう無いだろな〜…

それどころか今年こそ路頭に迷うかも

という2020年3大ニュースでした。

 

打ってるうちに年越してしまった…!

2021年もよろしくお願いいたします。

京都みなみ座 2018.3.31

映画館閉館を機に行く私はハイエナみたい〜〜。

でも行かなければもう二度と観られない…。

 

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しかしながら、京都みなみ座は閉館ではなく

建物老朽化にともなう移転、一時閉館ということだったので

少し心は軽かった。

3月だけれども結構暑かった京都。

駅から劇場まで結構な距離を歩いた。

上映と上映の間も床を求めて歩き回ってヘロヘロになった記憶が。

 

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残念ながら最終上映のシークレットのチケットには間に合わず

13:50〜 ヤンヤン夏の想い出

19:25〜 楽日

のチケットを取った。

 

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こういう券売機もすっかり無くなったよね

 

ヤンヤン夏の想い出』はエドワードヤン監督、

完成作品としては最後の映画。人生の節目の物語。

『楽日』はツァイ・ミンリャン監督、

とある古い映画館最後の日を数名の観客を通して描かれた映画。

どちらもみなみ座の想いが…と感慨深く鑑賞。

 

とくに『楽日』の 幽霊のような観客や劇場の締めがそのまま

現実と繋がるような不思議な感覚に。

 

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ものすごいサインの数だったなあ

 

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うひょー大迫力 ! 誰が描かれたものだったんだろう

 

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壁一面に貼られてたリーフレット。懐かしい作品がいっぱい

 

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壁にもサインがみっしり

 

1963年12月開館

2018年3月31日閉館

2019年8月23日移転開館

シネマパレ——秋田フォーラス 2017.2.25

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テアトル蒲田体験の後、初めての遠征が秋田のシネマパレでなかったら

その後の遠征は無かったかもな…と折々に思い出す。

 

いつか行けたらいいな〜と思い描く地。

誰にでもきっとあるそんな場所。

シネマパレは私にとってそんな映画館のひとつだった。

閉館ならぬ壊館のニュースがTwitterにどんぶらこ〜してきて

遠征はもう即決だった。

行くしかねえ、行かなければ2度と体験できねえ。

 

 当時の「日本一のパレ男」さんとのDMのやりとりを見ると

(館長の川口さんのTwitterアカウントは「日本一のパレ男」だった)

チケットを取り置きしていただいていた。

オンラインチケットではなかったのだ。

当日、必ず行くから取り置きしたままにしてくださいというDMが残っていた。

 

東京駅でギリ飛び乗り自分の座席に行こうとしたものの車両が繋がっていなくて

なんでだろ?まあいいか、席空いてるから大丈夫かな〜などと呑気にしていたら

途中で車両が分かれて岩手の方へ。あの時は本当に真っ青に(笑)

東北新幹線が途中で分岐するのを知らなかったのです…。

引き返すのにどえらい時間を要して上映時間ギリギリになってしまった。

 

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最終日の上映作品は

太陽を盗んだ男』『男はつらいよ 寅次郎純情詩集』。

どちらも劇場で観るのは初めて。

カルト映画として名高い『太陽を盗んだ男』は

友人の家かどこかで全部ではないが観たことが。

完全に初見の『男はつらいよ』には正直不安があった。

というのも、子どもの頃テレビでシリーズがたびたび放映されていて

残念ながら幼い私にはつまらず、そのまま苦手意識として残ってしまっていたから。

 

でもそんなものは杞憂。

太陽を盗んだ男』から『寅次郎純情詩集』への流れもう最高!!

大爆破ーー!!!

泣くんじゃないよ〜

どちらも館長の想いが!想いが込められている…!!

もう『純情詩集』なんか号泣してしまって。

寅さんってこんないい映画だったのか!今まで!ちゃんと観なくて!バカバカ!

 

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二本上映終了後はゲストの方も交えてトークショー

大抽選会だったと記憶している。

館長の “小難しいウンチクなんてどうでもいいんだ、

映画をもっと気楽に楽しもう!”という(趣旨の)トーク

中学生や高校生と映画を通して交流していた話が印象深い。

ウンチクも楽しいけど、もっと単純に面白かったってキャッキャしたい!に

その通りです!と心の中でヘッドバッキングし、

劇場に挨拶に来ていた中高生が、将来映画の仕事がしたいと言っていたことに

ほんとうに感動した。

 

常連でもなんでもない私を最終日に迎えてくれて

ありがとうシネマパレ!!

そんなシネマパレのもうすぐ命日。

あの日は劇場を出ると雨に近いような雪だったと記憶している。

1985年11月30日開館

2017年2月26日閉館

パレ男さんはお元気だろうか。

 

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ブレてるし下手くそだけどまあそれも想い出よな

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キネマの天地の映画の館——テアトル蒲田

「映画館が…無い!?」

 

やんごとなき事情で帰省中、時間を潰さなければならず

ちょうどいい、スター・ウォーズ ep3を観ようと

新聞で上映情報をチェック。

 

呆然。

実家のある市内の映画館は消滅していた。

覚えている限りでは6館はあったはず。

15年前の話だ。

隣りの市にできたシネコンまで観にいく羽目に。

 

イオンシネマができて無映画館市から脱却できたのは

それから数年後。

 

映画館がなくなるということをはっきり認識したのはその時。

この数年、

東京も閉館のニュースは続いているけれど

それでもさすがに劇場が1つもない事態には陥っていない。

 

2016年の暮れ。

テアトル蒲田で何度目かの『シン・ゴジラ』を観た。

都内にまだこんな映画館が残っていたのか…!

ありがとうシン・ゴジラ!!と大興奮したのがついこの間のことのよう。

これがきっかけで、まだ間に合うかも!と残っている劇場探訪が始まった。

 

そのテアトル蒲田が2019年9月5日に閉館してしまった。

同じ建物の隣りだった蒲田宝塚は8月29日閉館。

また行くつもりだった。都内だからいつでも行けると思っていた。

もう一度行きたかった。

 

地方だと県内に1館しかなかったり、1館も無くて隣りの県まで観に行く人もいると

仙台の映画館でお話した記者の方から聞いたのを思い出した。

 

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タイルが美しい受付カウンターだったな…。

ドアハンドルとラインの配色が合わせてあったのかなあ。

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ドアにあるのはおそらくのぞき窓。

こんな扉まだどこかにあるのかな。

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近所の亀屋百貨店の広告入りカーテン。

他にお客さんもいらしたし、次の上映もあったので

館内の写真はこれしか撮ってなくて。

また行くつもりだったから…。

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一度だけの鑑賞になってしまったけれどありがとうテアトル蒲田。

写真も撮らせていただいてありがとうございました。